MEDICAL FIG. の設計判断

視点をひとつに決める|『JTCVS Techniques』症例報告Figure

論文用Figureのご依頼は、執筆中のご相談が多い一方で、査読対応も同じだけあります。この案件は後者でした。

『JTCVS Techniques』に投稿された症例報告に対して、査読者がこう書いたからです。手術動画はよくできている。しかし読者が全体像を掴み続けるのが難しい("difficult to remain oriented")。3〜4枚のパネルで構成した専門的なイラストを、掲載可否の最終判断の前に用意すべきである、と。

動画を掲載できる学術誌ならイラストは要らなくなるかというと、逆です。動画に静止画のメディカルイラストレーションを添える形は広く使われていて、有効性も評価されています。動画は時間に沿って流れるので、読者は自分のペースで全体の構造を確かめられません。止めて、見比べて、いま見ている場所を確認できるのは静止画のほうです。動画があるからこそ、その地図が要る、という関係になります。

図がなければ論文が進まない、という状況です。

この案件では、いったん校了して納品した図を、そのあとで作り直しています。理由は視点でした。ただし、最初からそれが見えていたわけではありません。ラフを重ねるなかで少しずつ近づいていき、納品後にようやくはっきりした、というのが実際の経過です。そこを含めて記録します。

まず、何を描く図だったか

患者さんは心臓サルコイドーシスで、左心室の基部の壁が薄くなり、外側へ膨らんでいました。左室瘤です。

心臓の中には、僧帽弁を下から引っ張って支える乳頭筋があります。前乳頭筋は3つの頭に分かれていて、そのうちの1つ(頭C)が、瘤に引きずられて外側へずれていました。

ずれると、そこにつながっている弁尖が引っ張られて閉じにくくなります。テザリングと呼ばれる状態です。さらに、引っ張られた負荷で別の場所の腱索が切れました。弁が閉じない状態が、2つの原因で同時に起きていたわけです。

手術は、ずれた頭Cを元の位置に戻す方針でした。頭Cを心室壁につないでいる筋の束を3か所切り離して自由にし、他の2つの頭に寄せて縫い、弁尖どうしも縫い合わせ、最後に弁輪にリングを入れています。人工弁に置き換えずに済ませる方法です。

図が示すべきなのは、この「どの異常に、どの操作が対応しているか」でした。

構図は、依頼者から届いた

作業開始にあたって、先生から術式の解説資料と、手術動画に沿った操作の解説が届いています。MICS(小さく開ける心臓手術)でどこから入るか、術者がどこに立ち、左房鉤で持ち上げると視野がどう変わるか。CTの断面と対応させた資料です。

そして、図の構想そのものが鉛筆画で届きました。上段に手技の流れを4コマ、中段に心臓全体の切開図、下段に左室を開いた乳頭筋のクローズアップ。解剖として正確で、そのまま図の設計として使えるものでした。

この先を読むうえで、ここは押さえておいてください。この案件に、伝える側の表現力が足りなかったという説明は成り立ちません。

最初のラフは、その構図をそのまま形にした

最初のラフ。弁を上から見た主図、右上に術後の前面図、下段に手技3ステップ。
最初のラフ。パネルの割り方も順序も、届いた構図にあったものをそのまま使っている。

弁を上から見た主図、右上に術後の心臓を前から見た図、下段に手技を3ステップ。

この主図は、術者が左房を開いて弁を見下ろしたときの視点です。手技が行われる面が、そのまま画面になります。手術手技の論文の図として、自然な選択でした。

どの解像度で描くかを決める

初回納品版のFigure。ラフと同じ構成で、ラベルと描写が精緻化されている。
初回納品版(2025年10月31日納品)。ラフから7回の往復を経ている。ラベルの文言、腱索の走り方、縫合の手順、筋束の表現が、すべて手術の記録として書き換えられた。

ラフからこの納品版までに、7回の往復があります。ラフ2でリング、腱索、縫合手順を修正。ラフ3で左室基部の瘤化の表現を追加。ラフ校了。初校、2校。修正の指示は、PDFに直接ペンで書き込まれて返ってきます。

この往復で出てくる指摘は、この細かさです。

使用した糸はGore-Texの白なので白で描いてほしい。乳頭筋の根元側にかけた糸が、先端側にあるように見える。A1-ACは連続縫合、A1-P1は単結紮1針、それが分かる形にしてほしい。切除した筋束の断端も描いてほしい、乳頭筋の位置が変わるので断端の位置も合わせてほしい。

これは、図の解像度をどこに置くかという設計判断の結果です。糸が根元にかかっているか先端にかかっているか判別できない粗さで描けば、この指摘は出てきません。出てこない代わりに、手技の記録としては使えない図になります。

描き込んだ細部は、すべて事実の主張になります。曖昧に描けば曖昧な操作をしたことになり、違えて描けば違う手術をしたことになる。だから、依頼者が自分の手術と1対1で照合できる解像度まで上げておく必要がありました。

なお、ラフ3で足した「左室基部の瘤化の表現」は、この時点ですでに瘤が図に入り始めていたことを意味します。ただしそれは、弁を上から見た図の中への追加でした。瘤がどこにあるかは示せても、それが乳頭筋を引いているという関係までは、この面に収まりません。そのことに気づくのは、もう少し先です。

足しても、出てこなかった

納品のあと、先生から追記の依頼が届きます。

左心室瘤がどこにあるか。瘤と正常心筋の境がどこか。瘤による心室の変形と、乳頭筋のずれが、どうつながっているか。

最初は、足して解決しようとしました。瘤をもっとはっきり描く。頭Cをもっと外側に置く。前後の乳頭筋の大きさを描き分ける。届いた要望も、その形で書かれていました。

1点目と2点目は、それで出ます。3点目だけが、どうやっても出てきません。

頭Cは外側へ引かれています。その「外側」は、弁を上から見た面に対して奥行きの方向にあります。引かれているという事実は、引く力の方向に平行な断面でなければ見えません。足りないのは情報量ではなく、面の向きでした。

あとから査読コメントを読み返すと、査読者も別の箇所で同じことを書いていました。テザリングは左房側からの術者視点では確認できず、長軸方向の断面が要る、と。最初に読んだときは、画像診断の話として読み飛ばしていた箇所です。

視点を変えると、失われるものがある

再納品版のFigure。左心室の長軸断面を主図とし、右に4枚のステップ図。
再納品版(2025年11月14日納品)。主図を左心室長軸断面に変更。瘤と正常心筋を色調で分け、壁の向こうの弁尖を透かして描いている。術後の前面図は削除。

先生からは、要望とあわせて参考画像が届いていました。術前CTの断面と、心エコーの断面です。僧帽弁輪と前乳頭筋の頭がどういう位置関係にあるか、これを見れば分かる、という趣旨で添えられたものでした。

主図をその断面に置き換える、と決めたのはこちらです。心エコーの左心室長軸断面を構図として採用しました。参照先は先生が示したものですが、図の主図を差し替えるという判断は、指示には含まれていません。

ただし、断面に切り替えると弁が失われます。上から見た図が持っていた A1/A2/A3、P1/P2/P3 という区画の地図が、断面では切れてしまう。手技はその区画に対して行われるので、これは落とせません。

そこで、心室壁の向こう側にある弁尖を透かして描きました。断面の中に、弁の全体像を残しています。これも指示になかったものです。先生はこれを採用し、4枚のステップ図すべてに同じ透かしを適用するよう指示してきました。

視点を変えるということは、表現の層も変えるということでした。壁の厚みの変化、瘤と正常心筋の質感の違い、構造の前後関係。断面図はこれらを担う層がなければ成立しません。線だけでは出ない層です。

視点を、最後まで動かさない

術後の心臓を前から見た図は、削除しました。

この図だけが、別の視点で描かれていたからです。主図と4枚のステップが同じ断面に収まっているところへ、一枚だけ外から見た心臓が入ると、読者はそこで立ち位置を変えることになります。

結果として、この図から before / after という対比が消えました。代わりに、ひとつの空間を連続して見せる図になっています。読者の立ち位置が、最初から最後まで動きません。動画を見ながら参照する地図としては、この形のほうが働きます。

瘤に、線はない

確認用スケッチ。瘤と正常左室の境界に点線が引かれ、Normal LV volume のラベルが付いている。
作り直し途中の確認用スケッチ。瘤と正常左室の境を点線で示し、ラベルを添えていた。点線もラベルも、このあと戻された。

瘤の範囲を示すために、境界に点線を引いたことがあります。「Normal LV volume」というラベルも付けました。

これは戻されました。点線は消去、ラベルも不要。代わりに、瘤と正常心筋を色調の違いで表し、変わり目をこの位置に置いてほしい、と。図の一点を矢印で指した指定でした。

線を引くと、そこに境界があると読めます。瘤と正常心筋のあいだに、そういう線はありません。移行しているだけです。点線は、実際には存在しない断定を図に持ち込んでいました。

どこまで描くかと同じくらい、どの形式で描くかが、主張の強さを決めます。

この作り直しは、納品後の無料修正として行っています。

視点は、描く人の位置では決まらない

作り直しの理由は、最初の図が術野の視点で描かれていたことでした。

術野の視点は、手技を描くには最適です。手を動かす面がそのまま画面になる。しかし読者は、その手技がなぜ必要だったのかを先に知ろうとします。原因は瘤による牽引で、牽引は引く方向に平行な断面でなければ見えません。

一枚の図に、視点はひとつしか置けません。

こう書くと、最初にこれを決めて進めたように読めますが、そうではありませんでした。届いた構図で作り、ラフ3で瘤を足し、納品し、それでも足りないと言われて、ようやく足す方向では解決しないと分かりました。視点の問題だと言えるようになったのは、断面に移してからです。

順番として整理すれば、誰が何を理解するための図かを決め、それが見える視点を選び、その視点で失われるものを回収し、最後まで同じ視点を保つ、ということになります。ただしこの順番は、この案件では結果として出てきたものです。

持ち帰ったのは一点です。次に同じ構造の依頼が来たとき、主図をどの面に置くかを、最初に問いとして立てられる。足りない情報は足せますが、足りない面は足せません。

素材は、たいてい依頼者が持っています。手描きのラフ、学会発表のスライド、手術動画、CT。この案件でも、構図そのものが依頼者から届きました。MEDICAL FIG.が引き受けているのは、それらを、読者が理解に必要とする一つの視点へ統合することです。

出典

論文:Teratani H, Eishi K, Obase K, Nakao Y, Hisatomi K, Miura T. Papillary muscle relocation for mitral regurgitation attributable to flail but tethered commissure associated with a left ventricular aneurysm. JTCVS Techniques. https://doi.org/10.1016/j.xjtc.2025.102166
依頼者:寺谷裕充 先生(福岡大学病院 心臓血管外科)
制作:株式会社メディカルエデュケーション MEDICAL FIG.事業部