MEDICAL FIG. の設計判断
リアルさを、要素ごとに配分する|『HeartRhythm Case Reports』症例報告Figure
落合 隆志
2026年09月29日
「もう少しリアルにしてほしい」。Figure制作で、よく出る要望です。
ただ、この一語は、依頼する側と作る側で別のものを指していることがあります。絵の側で「リアル」といえば、まず写実です。質感を写真に近づけること。医師がこの語で求めているのは、多くの場合それではありません。
取り違えると、描き込むほど伝わらない図ができます。今回は、その配分をどう決めたかの記録です。
掲載が決まったあとの発注
『HeartRhythm Case Reports』に掲載された症例報告のFigureを制作しました。従来のペースメーカー治療が抱える2つの課題に対して、新しい組み合わせを示した症例報告です。
依頼は査読対応ではありません。論文はすでにアクセプトされていて、掲載後のインパクトを上げるためにFigureを付けたい、という発注でした。世界初の報告なので、なるべく早く仕上げたい、と。論文はその後、2026年6月に公開されています。
お問い合わせが2026年4月22日、打ち合わせが4月28日に1回、作業期間は4月30日から5月18日です。
何を描く図だったか
ペースメーカーは、心臓に電気刺激を送って拍動のタイミングを整える装置です。従来は静脈を通して心臓の中にリード(電極につながる線)を入れます。ただしリードには合併症のリスクがあり、右心室を刺激する方式では左右の心室の収縮がずれるという課題もあります。
この症例では、2つの方法を同時に成立させています。
ひとつは左脚エリアペーシング(LBBAP)。心臓が本来持っている電気の通り道である左脚の付け根付近を刺激して、自前の伝導系を使う方法です。もうひとつはリードレス左室ペーシング。左室の壁に、線のついていない小さな受信電極を直接置き、体外側のジェネレータから超音波を送って駆動します。
図が示すべきなのは、この2つの経路それぞれの役割と、信号がどう伝わって左右の心室が揃うか、でした。
打ち合わせ1回で決めたこと
上半身のどこにペースメーカー、パルスジェネレータ、バッテリが入るか。そして中隔を拡大したときに、LBBAPのリードとリードレス電極がどこに位置するか。
この段階で、図の骨格は決まっています。装置がどこにあり、電気がどこから出てどこへ向かうか。あとは、それをどう見せるかです。
最初のラフ
心臓の断面に、LBBAPのリード、左脚、リードレス電極、そして体外のジェネレータを配置しました。超音波の到達は、電極の右側から出る細い弧で表しています。
先生からは、リアル感についての要望がありました。
リアルに描くほど、主題が沈む
制作を担当した永田は、社内の振り返りでこう話しています。
テーマが薄れちゃうんですよ。埋没しちゃう。
心臓を描き込むほど、リード線の走行や位置、信号が伝わっていく様子が埋もれていく、という話です。そして、こう続けています。
心臓背景なんですよ、これ。
主題は心臓ではありません。心臓は舞台で、主役はリードと信号です。
ここで「リアルに」を写実の要求として受け取ると、心筋の質感を一律に上げることになります。そうすると主題が沈みます。医師がその語で求めているのは、写真のような質感ではなく、装置が実際にその位置に、その形で入っていると読めることです。
一律に上げず、要素ごとに配分する
ラフ2で行った修正は、作業報告書に5項目で残っています。
- device / electrode の位置関係を臨床的整合性に寄せる
- 左脚伝導への干渉がないよう、信号経路の描写と配置を調整する
- 超音波シグナルを「到達関係が明確に視認できる」形で表現する
- 心筋や周囲組織の質感を、参考画像のトーンをベースにリアル感を向上させる
- electrode および信号の視認性が確保されるよう、必要に応じて一部のスケールや配置を調整する
4番目と5番目が、同じリストに並んでいます。心筋の質感を上げることと、電極と信号の視認性を確保すること。一見すると逆を向いた指示です。
制作担当のコメントは、こうなっています。リアル感の要望については、心筋描写、デバイス表現、電気伝播の見せ方について、各要素ごとに表現の調整を行って対応した、と。
納品版では、心筋の肉柱や壁の描き込みが増えています。デバイスも、丸みのある模式的な形から実機の造形に近づきました。受信電極には拡大円が足され、心筋壁に刺さっている状態が別枠で読めます。
一方で、電極周囲の発光は抑えられています。超音波は細い弧から青い同心円の輪に変わり、どこまで届いているかが範囲として読めるようになりました。
リアル感を上げた要素、抑えた要素、構造を足した要素が、一枚の中に共存しています。
途中では、心臓を一度まるごとグレーアウトする試行もしています。ただし背景を消しすぎても図は成立しません。心臓として十分に精緻でありながら、前に出すぎない位置へ調整する、という作業になりました。
永田はこうも言っています。何が重要かに対して細かくチューニングしているが、そういう調整が入っていること自体、見ている人には伝わらない、と。
前景と背景を決める
この案件でやったことは、2つです。
ひとつは、「リアルにしてほしい」という一語を、そのまま描画の指示に変換しなかったこと。絵の側の語彙では、リアルは写実を指します。しかし医師がその語で求めていたのは、装置が実際にその位置にあると読めること、電気が実際にその経路を通ると読めることでした。同じ一語が、別の層を指しています。
もうひとつは、その要求を図の全体にではなく、要素ごとにかけたこと。心筋、デバイス、電気伝播。それぞれに、どこまで上げるかの水準が別にあります。
前景と背景を決めるとは、何を描くかを決めることではありません。同じ画面の中で、何をどれだけ前に出すかを決めることです。
この図をトレースすること自体は、難しくありません。
しかし、一見すると描き込まれて見える心臓は、アカデミックメディカルイラストレーターの作業によって抑えられた結果です。どの要素をどこまで上げ、どこを抑えたのか。その工程を、図から読み解くことはできません。
図に残っているのは、医師が求めた「リアル」の結果だけです。
出典
論文:Kawata H, Reddy R, Karanam S. Left bundle branch optimized cardiac resynchronization therapy with leadless LV endocardial pacing (LOT-endo CRT). HeartRhythm Case Reports. 2026;12(8):883-887. https://doi.org/10.1016/j.hrcr.2026.04.028
依頼者:河田 宏 先生(PeaceHealth Sacred Heart Medical Center, Cardiac Electrophysiology/米国オレゴン州スプリングフィールド)
制作:株式会社メディカルエデュケーション MEDICAL FIG.事業部